JMMから興味が惹かれた記事の抜粋です。
発生から2ヶ月、10月末の降雪という異常気象にも負けずに続いていた「Occupy
Wall Street (OWS、ウォール街占拠デモ)」ですが、ここへ来て裁判所が警察に
よる排除を認めると、11月の16日(水)から17日(木)にかけ一斉排除の行動
が取られています。その一方で、デモ隊は17日を「大規模行動日」に指定して活動
を拡大しようとしました。
では、この16日をメドに裁判所が排除命令を出したのは何故なのでしょうか?
理由は簡単です。寒くなったからです。
10月末の雪が過ぎてからは、NY地方は比較的穏やかな天候が続いていました。
先週には雨模様が続き、さすがに11月の雨ということで風景としては寒々しかった
のですが、気温は高めでした。ですが、今週後半になって大きな寒冷前線が接近した
のです。南部では竜巻の被害が出たぐらいですから温度差の激しい前線で、17日一
杯をかけて気温はどんどん下がり、18日(金)の朝の最低気温は氷点下1度となり
ました。
勿論、デモ隊の若者たちは「氷点下など何のその」という構えなのですが、ここへ
来てデモ隊の「テント村」となったズコティ公園では、暖を取るための焚き火などが
目立っていたようです。その煙、そして火事の危険などを考えると、市当局としては
「そろそろ限界」という判断になったようです。
そんなわけで、16日から17日にかけては、慌ただしい動きが続きました。そう
は言っても、60年代や70年代の学園紛争の時のような大きな混乱とは次元が違っ
た、ある意味では整然としたプロセスだったと言えます。まず、公園からの強制排除
が始まった16日には70名の逮捕者が出ました。ただ、逮捕といっても数時間で釈
放されるわけで、夕刻には「公園に残した私物を返却するので、マンハッタン西岸の
遺失物窓口へ集まるように」などという呼びかけがラジオを通じて流れていました。
一部の若者は「iPhoneやコンピュータを片付ける間もなく逮捕して、遺留品は後で
取りに来いというのは、紛失や盗難の危険があり個人の財産権の侵害だ」と文句を言
ったようですが、基本的にはこの「遺留品受取り」のプロセスは整然と進んだようで
す。そもそも民放ラジオを通じて「逮捕後に釈放された人は遺留品を取りに来なさい」
などという「案内」が流れるということが「基本的にケンカ腰ではない」ということ
を示していると思います。
翌日17日も「逮捕劇」が続きました。改めて17日の朝の時点でズコティ公園内
に留まっていた人間は、全員が裁判所の命令違反で逮捕されたのです。その逮捕の様
子はTVで生中継されたのですが、実に整然としていました。公園内に座り込んでい
た若者たちは、多少の穏やかな抵抗の後に手錠をかけられて、連行されたのですが、
最後には車イスの「女性活動家」が残ったのです。
CNNが生中継していて、まさか車イスから引きずり下ろすのではないかと皆ハラ
ハラして見ていたのですがNY市警はその活動家には手錠はかけませんでした。活動
家は胸を張って車イスのまま「逮捕者の列」に連行されたのですが、その際には群衆
から一斉に拍手が起きました。その拍手の意味ですが、車イスで活動を続けた女性へ
の賞賛であり、同時に彼女には手錠をかけなかった警察への賞賛でもあったように思
います。ちなみに、今回使用された手錠というのは「金属製の鍵のかかる」本格的な
ものではなく、プラスチック製のもので、いわば電源コードを縛る「バンド」のよう
なものでした。
この「車イスの活動家逮捕」が朝の出来事で、その後この17日の「一斉行動日」
には様々な事件が続きました。午前中には、文字通りウォール・ストリートへ突入し
ようとしたデモ隊と、警官隊が衝突していますし、現時点ではNY市だけで、この一
日に177名(CNN、ロイターでは175)が逮捕されているようです。ただ、デ
モの主催者側は「この際だから我々が99%(1%の富裕層以外ということ)の代表
という意味を込めて、99人が逮捕されることでメッセージにしよう」という意図で、
わざと逮捕されたという報道もあり、数が多いから衝突が激しかったというのでもな
いようです。
一部には激しい衝突もあったようで、頭から血を流している若者の映像なども流れ
ましたが、その若者もかなり元気そうでしたから重傷ではないと思われます。一方で、
警官の側では7名の負傷が発表されています。ブルームバーク知事はこの7名の負傷
に関してはデモ隊を厳しく非難していますが、警察関係者(元NYPD総監のハワー
ド・サフィア氏)に言わせれば、許容範囲ということでした。
そんな中、夕方にはデモ隊が「ブルックリン橋の再占拠」を呼びかけて、ダウンタ
ウンには緊張が走りました。ただ、NY市警が「歩行者通路でのデモなら合法、車道
への妨害は違法であり厳しく取り締まる」という姿勢を見せると、デモ隊は整然とプ
ラカードやロウソクを掲げての「歩行者通路デモ」を行うという判断を見せ、大きな
混乱もなく淡々とデモが行われることとなりました。
この整然とした「歩行者通路デモ」は世論にも好感を持たれたようです。また、N
Y市警としては「言論の自由は確保しなくてはならないが、他人の権利を妨害する行
為は取り締まる必要がある」という難しい問題について、NYのケースは「成功」だ
ったと胸を張っています。前述のサフィア元NYPD総監によれば、「オークランド
のような(流血沙汰になる)ヘマはしなかった」というのです。
では、この時点でこの「OWS(占拠デモ)」について、ひとつの区切りとして見
ると、どんな評価が可能でしょうか?
デモの成果として画期的な政策が出てきたとか、民意が議会を動かしたというよう
な具体的なものはありません。ですが、アメリカの市民運動の伝統が生きていること
が確認できたということ、これは大切だと思うのです。具体的には、80年代以降に
生まれた団塊二世より更に若い世代が「人口ピラミッド上の存在感」を見せつけたこ
とがあり、また、デモ隊の行動や、警察の対応なのに一種の節度があったことも大き
いと思います。
そんな中、デモの影響力は共和党も無視できなくなってきたようです。大統領候補
の中でも、リック・ペリー候補は「育ちの良いオバマは失業中の若者とは何の接点も
ない」とオバマ批判のレトリックにデモ隊を持ちだしていますし、福音派のリック・
サントラム候補は「ウォール街優遇政策への批判という点ではデモ隊にも一理ある」
などと発言しています。
ただ、ここへ来てデモ隊のメンバーが「筋金入り」の活動家中心になっているとい
う報道もあります。例えば16日のデモで配られていた「アジビラ」には「原住民虐
殺の歴史を持つアメリカの徹底した自己否定」というような抽象論が延々と書かれて
いたそうです。CNNのエリン・バーネットは「こんな現実離れしたことを言ってい
ては、ティーパーティーがサッサと中央政界に影響力を持ったのと比べるとお粗末」
と切り捨てていました。
本稿を書いている丁度その最中に、オバマ大統領の選対からメールが届きました。
大統領はオセアニア訪問中なので、何かその関連のメッセージかと思ったらそうでは
なくて、「冬へ向けて暖かいフリースをどうぞ」という宣伝でした。胸にはオバマ陣
営の「星条旗の虹」のロゴと、「2012」と大きく刺繍のされたフリースで、選挙
資金への献金込みで65ドルという良いお値段(ただし同送のクーポンを使うと10
ドル値引き)でした。タイミングを考えると、公園で突っ張っていたデモ隊も、今度
はこのフリースを着てオバマ再選の運動に加わって欲しいということなのかもしれま
せん。
それはともかく、来週の24日(木)は感謝祭(サンクスギビング・デー)です。
デモ隊の若者たちも多くは帰省することでしょう。「おばあちゃんの焼いたターキー」
や「パンプキンパイ」を囲んで大家族が再会したり、ブラックフライデーという25
日(金)のバーゲンに繰り出したりするのだと思います。若い女性たちはシリーズ化
されたバンパイヤのロマンス映画『トワイライト』の最新作に行くでしょうし、恐ら
く財布の紐は少し緩むのではないでしょうか。
警官隊と衝突して逮捕されるなどというと、アジアでは「命がけの反体制運動」と
いうイメージになりがちですが、今回のデモはそのような悲壮なものではなく、19
80年代生まれという若い世代にも、アメリカの市民運動の伝統が継承されたという
評価は可能です。彼等の「思想」は荒削りで情緒的ですが、それでも「行動を起こし
た」ことを社会は評価したし、ある種の包容力を持って見つめ、また彼等の発した警
鐘を受け止めたのは事実だと思います。
〈引用〉
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】98,863部
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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